薬剤師の誕生まで

薬剤師になったキッカケ

明治時代の前まで漢方医療が中心でして、日本では医師が薬の調合をしている時代もあり、当時の薬屋さんは、薬草の問屋か、売薬の製造元のことでした。

ヨーロッパの方では、わりと早く医薬分業がはじまり、医師が調剤せずに薬剤師が調剤するようになりました。 中世のヨーロッパでは毒殺が非常に多く、暗殺を恐れたローマ帝国の皇帝は、薬事に関する法律として医薬分業やと薬事監視を制定しました。

これで、医師ではなく薬剤師に薬を調合させるようにし、毒殺をしようとしている者がいないかを確認させるようにしたのが始まりで、これが現在の医薬分業のルーツとされています。

その当時の薬剤師がする仕事は、主に薬の善悪を見極めることから始まったようですが、薬と言っても当時の薬のほとんどは薬草であり、それを見分けるには経験と知識が必要で、薬剤師の代表的な職務でした。

薬剤師 転職 求人 薬剤師の転職をサポート。電話・メールでの転職支援

医制と薬事法から

明治7年に、日本は医制を公布し、薬剤師に調剤権が与えられ、明治22年に、薬品営業や取扱規則(薬事法)が公布し、薬剤師の名称と職能が定められることになりました。

その時のヨーロッパの医学や薬学制度の導入が図られた時代でしたが、医師は治療に専念し、投薬については処方箋を発行し、その処方箋に基づく調剤は薬剤師が一任する目的がありましたが、医薬分業制度はなかなか普及しませんでした。

大正15年には、薬剤師会令が公布され、同会令によって薬剤師の強制的に加入させる目的で制定された「公法人道府県薬剤師会」が設立され、「公法人日本薬剤師会」が結成されました。

新たな薬事法の制定

昭和19年には、薬剤師法を吸収して薬事法が定められて、それによって薬剤師会令も新たに改正されることとなり、それに伴って、日本薬剤師会は国の機関としての地位を確立し、会長は内閣が任命するのですが、他の地方薬剤師会役員は厚生大臣か知事によって任命されることになりました。

薬事法は、医薬品や医薬部部外品、化粧品や医療用具に関する規制で、これらの品質や有効性、安全性を確保することで、医療に関する必要性の高い医薬品や医療用具の研究開発促進に必要な手続きをすることにより、衛生の向上を企てることを目的としいています。

戦後には新しい薬事法が公布される事となり、日本薬剤師会は日本薬学科医と融合して、会員の入退会を強制することのない社団法人として改編し、日本薬剤師協会と名称を変えました。